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第5回,最終回 『世界遺産アクスム紀行』

ラスト・チャンスを生かして
 さて任期も終わりに近づき,帰国前に有名な世界遺産「アクスム」に行く計画を立てていました.アクスムへは長距離バスを使って山越えで丸1日かかります.おなかの調子が悪くなったら困るので,長距離バスいつもの「断食修行旅行」を覚悟していました.
 そんな10月初めにMIT(Mekelle Institute of Technology)の入学試験監督官としてアクスムよりさらに遠方のシレーという町に行くことになりました.仕事付きなので気ままな自由行動はできませんが,学校のバスが出るので良いラスト・チャンスです.仕事のどさくさに紛れて,アクスムに行くことにしました(写真5-1).

 


写真5-1 アクスム,夕暮れのオベリスク
(石柱)


●エジプトに匹敵する壮大な巨石文化の遺跡「アクスム」

 アクスムについて少し説明しておきます.アクスムはエチオピア高原北部にあり,エチオピア最古のアクスム王国の首都跡です(写真5-2).紀元前10世紀ごろソロモン王とシバの女王(Queen of Sheba)の間に生まれたメネリクが初代大統領に即位した際に神から「アーク」(インディー・ジョーンズの失われたアーク)を授かり,アスクムの地に運んだのが起源と伝承されています.シバの女王の宮殿跡(写真5-3)や巨石文化のオベリスク(写真5-1)が立ち並び,その壮大さはかつてのエジプトに匹敵するというすごいところです.

 


写真5-2
 薄暮のアクスムの街
ゴミひとつない美しい町.ちなみに他の町はゴミだらけだ.さすが国際観光地


写真5-3
 シバ女王の宮殿跡


●アクスム様式のホテルがある街を越えて山越え道路へ
 アクスムはエチオピアの北部にあります.私の赴任地メケレからは,アディグラットから山越えし,アドワを経てようやくアクスムに着きます.第1回の地図が参考になります.

 

 アディグラットは隣国エリトリアの国境に近い町で国連から派遣されたインド兵が常駐警備する町です(写真5-4).町はメケレよりこぎれいでアクスム様式を意識した立派なホテルもありました(写真5-5).メケレから3時間走りっぱなしだったので一休み.カフェのコーヒーは薫り高くうまかったです(写真5-6).
 この町で舗装道路が終わり左折すると山越えが始まります.

 


写真5-4 アディグラットの街

坂を登ると遠くが見渡せる.こざっぱりして明るい街に見える.私の住むメケレは谷底なので,見晴らしが悪い.開放感が違う.


写真5-5 アディグラットのホテル
立派なホテルだ.デザインはアクスム様式を意識している.


写真5-6 アディグラットのカフェ

おじさんが話しかけてきた「チャイナ(中国人)か?これからの山越えの道を中国人が作っているんだ.」


 アディグラットを出ると山越えになりますが,道路は未舗装です.エリトリア国境に近づくので私は緊張するのですが,現地スタッフにとってはどうということはないようです.
 途中トラックが道をふさぐように横倒した事故に遭遇しました(写真5-7).谷に落ちる事故が多い場所なのですれ違いには神経を使います…
 車窓から見える山々は段々畑のように上の方まで耕されていて見ていて気持ちがいい(写真5-8).エチオピアの農民は一生懸命生きているのです.

 


写真5-7 横倒しのトラック

 


写真5-8 山頂まで耕されている山

 

●泣く泣くアクスムを一度通り過ぎてシレーへ
 アドワはほぼ峠を下ったところに位置する街です(写真5-9).とはいっても海抜は1894mあります.1896年に侵攻してきたイタリア軍を撃破した地で,エチオピア人にとって非常に誇り高い大切なところです.この勝利によって,エチオピアはアフリカで唯一植民地化されてない,ということになっています.その日は今でも戦勝記念日として国民の休日となっています.

 


写真5-9 アドワの町


写真5-10 アドワの電気屋さん.ジャンク屋ではない
よく見かけられる「MIYOTA」のCDやDVDプレーヤの箱だ.「MIYOTA」は軽井沢の地「御代田(ミヨタ)」が本家なのだろうか? AKAIのパクリのようなNAKAIの箱もある.左端にSONYの箱があるが本物だろうか?

 

 アドワから,さらにだらだらと下るとアクスムの町に到着します.ここで何人かスタッフをおろします.
 私は仕事で来ているので,泣く泣くさらに先のシレーという街に向かい,2時間ほどで到着しました.当地は海抜が低いせいか暖かく,土地も肥よくで畑は青々として豊かさを思わせます.

 

 到着後,MITの学生キロスが予約してくれたホテルにチェックイン.1泊80ブル(1000円)だが洗面所とシャワーの水は出ません.トイレはそばのタンクの水を使います.私も慣れたもので「外を使えばいいや」といったところ.

 

 一休みして町を散策するとラバが荷車をひいていました(写真5-11).私の駐在地メケレでは珍しい光景です.子供たちは楽しそうに遊んでしました(写真5-12).
 翌日,仕事が終了してからアクスムに向けて出発しました.

 


写真5-11 陽気なミュージシャンが歌を歌っている馬車…違うラバ車だ

 


写真5-12 古タイヤで遊ぶ子供たち

キロスのめいっ子もいるという

 

●アクスムの不思議な巨石遺跡群
 アクスムに到着してチェックイン後,早速「アクスム遺跡見物」に出かけました.町は観光地らしくきれいに掃除されています.そればかりか気候も暖かいせいか街路樹もまともです.

 この付近には卵大のアメシストがたくさん転がっていて,子供たちが拾っては売りに来ます.あの石も割ってみればアメシストかも知れない.エチオピア人に買ってもらうと1ブル(13円)です.

 夕食に近くのレストランに行ったら日本のTV局の撮影隊と会いました.彼らは左ルートのゴンダール・バハルダールを通ってアディスに行くそうです.旅の無事を祈りました.

 それではアクスムの写真を紹介します.

 


写真5-13 シバの女王の水浴びをした池


写真5-14 地下の石室



写真5-15 石板
石には古代文字が彫られているが今となっては読めないらしい

 


写真5-16 現在最大のオベリスク(石柱)
なんか不安定さが残っている.

 


写真5-17 崩壊したオベリスク(石柱)
残念ながら最大のオベリスクは倒壊している

 


写真5-18 夕暮れのオベリスク
大小たくさんのオベリスクが立っているが,どうやって立てたのだろう?

 


写真5-19 古代の物差し

 


写真5-20 おみやげ
この鮮やかな色はどうやって染めているのだろう?

 


写真5-21 ケーキ屋
メケレにはない.さすが.結構うまかった.

 

●シバの女王の末裔?
 では最後に私が出会った「Queen of Sheba」の美しい末裔,ティグレ女性を紹介します.彼女たちの大きな瞳に幸あれ.

 


写真5-22 ラヘル
白い衣装はティムカットの伝統衣装

 


写真5-23 ラヘルのめいっ子
大きくこぼれそうな瞳がかわいらしい

 


写真5-24 フェレック
大家さんの友人の子.頭良さそう.英語が話せる

 


写真5-25 ヒワット
コピー屋さん.彼女の胸には金の十字架ペンダントが輝く

 


写真5-26 セラームと妹ヒワット
鋭い目が美しい

 


写真5-27 八百屋さんの店員
名前は忘れたが,よく長ネギをおまけしてくれた.額に十字の跡が見える

 

   *   *   *   *   *   *


 今回で「裏エチオピア通信」も終わりです.月間「トランジスタ技術」掲載の連載「エチオピア通信」とその番外編であるウェブ連載「裏エチオピア通信」を読んでいただいた読者の皆さまと,企画していただいたCQ出版社編集部の方々に深く感謝いたします.
 ぜひ私に続く「団塊の世代」の活躍をお待ちしております.

 

注:キロスはトランジスタ技術2009年7月号8月号掲載の連載「エチオピア通信」でFM送信機やアンテナを作った学生

 

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